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ある教訓1

「自分の行いが自分の過ごす社会、文化の構成要素になる」

という視点を1人1人が持てたのならば、きっと成熟した住みやすい世界を作れると思う。

 

突然だがブスには二通りあると思う。

○○ちゃんかわいい~と傷を舐め合うブスと

自分よりブスを探してはあの子はブスよね~とブスを笑うブスだ。

 

前者は賢明なブスであり、後者は愚かなブスであると私は考える。

ブスを褒めるという行動を取ることで賢明なブス達はブスである自分たちが褒められる空気感、文化の形成に貢献している。

お世辞とはいえかわいいと言われるのは気分がいいし、心穏やかに過ごす事ができる。

 

逆に愚か者は自分よりブスなら叩いてもOKというルールを広めることに尽力しているわけである。

よりブスな人間を見下すことで束の間の満足感は得られるが、自分自身もまたその批判の対象になり得るということを失念している。

 

これは1つの例に過ぎないけれど、こういう現象は幅広く観測できるのでそういう視点で世の中のできごとを捉えてみると面白いかも知れない。

 

自分が許されるために人を許す。

自分が認められるために人を認める。

自分が助けられるために人を助ける。

同じブスでも賢明なブスでありたいものだ。